ペルグサ湖のほぼ真中

2011.07.13

公園の絵看板につられ、六キロ南のペルグサ湖に行った。周辺が丘陵地帯の高度六六七メートルの湖である。たまごのような形をしており、長い所で直径は一キロある。塩水湖だそうだが、なぜ山の上に塩水の湖があるのか、不思議な話である。不思議と言えば、この湖には上流からあるいは下流へ繋がる水路がどこにもない。地下から塩分を含んだ水が湧いている巨大な泉なのだろうか。車を道の端に寄せ湖面をながめていると、「どこから来なさった?」とゆっくりだが、きれいな発音の英語で話しかけられ、びっくりした。見ると、黒みを帯びた茶色いセーターを着た一人の老女が、両手で持った杖にからだを支えるようにして車の脇に立っていた。様子からは、湖畔を散歩していた近くの人のようだが、とりあえずは、もやの立ち込める湖と老女という、旅先の出会いの舞台設定としてはなかなかさまになっていた。口元に何本もの皺を見せゆっくりと話す彼女の説明によると、この湖には大昔からの言い伝え、それもギリシヤ神話のペルセポネーにまつわる物語が秘められているそうだ。ギリシヤ神話によれば、美しい少女ペルセポネーは青々とした野原で花を摘んで遊んでいた。彼女が数百の水仙のひとつに手をのばそうと身をかがめたとき、突然大地が裂け、地獄の神ハデスが現れ、ペルセポネーを死者の国へ連れていってしまった。途端に豊穣の泉は涸れ、植物はしぼみ、動物は繁殖するのをやめてしまった。老女は、ペルグサ湖のほぼ真中のあたりを指差しながら、あのあたりの湖底が破れ死神が出てきたのさ、こうしてペルセポネーはハデスの妻になってしまったと、口ごもりながら、とつとつと喋ってくれた。湖に連なる水路がないのは神話が伝えるように地底から割れているからですか、と聞くと、老女は少し首を傾け、頷くだけだった。半信半疑で老女の話を聞いていると、すごい音をたてて二台の四輪駆動車が過ぎていった。一九五〇年のころから湖を一周する自動車レースが行われるようになり、それ以来車の数が増えてしまったそうだ。静かだった周辺の風景はすっかり変わり、大きなホテルやレストランが建ち、鳥やけものが少しずつ姿を消してしまっている。もはや、ギリシヤ神話の舞台という雰囲気はすっかり無くなっているのである。